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衣類の虎MORE!
第三項・【クリーニング業界で虎視眈々】昭和クリーニング立志伝喜久屋創業者・現会長、中畠憲治が見てきた昭和とクリーニング業界
●vol.25 「信一の下積み時代」
●vol.26 「みんな仲間」
●vol.27 「名物社長の名言」
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vol26

■…老舗クリーニング店発・業界秘話「みんな仲間」…■


創業30年の感慨と感謝

昭和61年。
喜久屋は創業30周年を迎えた。

「もう30年か……」
憲治の感慨はひとしおだった。

憲治は感謝をこめて、社内報にあいさつ文を綴った。

――思えば30年前、ほんの数人ではじめた小さなクリーニング店が、現在184店舗の支店数を数え、パートさんも含めた従業員数160余名の企業に成長できました。
これもみな、皆様方お一人、お一人が喜久屋を動かし、支える原動力となって、喜久屋をここまでにしてくださったのだと、私は信じてやみません。――

社内報の名は、『みんな仲間』。

経営者が会社を動かしているのではない。
工場長のみの力で、クリーニングがなされるわけでもない。
みんな仲間。
営業マン、工場のパートタイマー、店舗の受付スタッフ、みんなの力があってこその喜久屋。

「なんてありがたいのだろう!」
日ごろの感謝を、改めて胸に刻む憲治だった。

引き継がれる「みんな仲間」の精神


創業当時、まだ生まれていなかった長男・信一。
今やすっかりたくましい青年に成長し、修行に精を出していた。
創業当時からの経営幹部たちは信一を認め、誰一人、後継者問題に異論を唱えなかった。

その要因のひとつには、信一が帝王学を身につけていたことにある。
信一は憲治の姿に学ぶと同時に、外部の賢人とも接し、
「先人・先輩・部下に対し、常に感謝の心を忘れず、自分は進んで苦労させていただき、功績は他人に譲るように心がけよ」
との教えを忠実に守っていた。

こうして憲治から信一へと、喜久屋スピリットはしっかりと引き継がれていったのだ。
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