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昭和31年5月 東京都荒川区南千住にて創業。
〜18坪の店舗で(創業者名)、創業者中畠憲治・栄子夫婦とクリーニング職人2人でスタート。
昭和40年4月 他に先駆けクリーニングチェーン店方式を採用/第1号店が足立区梅島に開設
〜常に最先端の技術・システムを採用する姿勢は、このころからの伝統。
昭和41年5月 社名を有限会社喜久屋クリーニングセンターとする
〜世界では中国文化大革命、国内では物価戦争・早大紛争と激動する中、新たなステージに歩みを進めた。
昭和42年4月 本社を足立区保木間に移転し、業務拡大を図る
〜この年日本の人口は、1億人突破。国の巨大化と歩を同じく、拡大路線へ。
昭和53年8月 チェーン店数50店舗となる
〜「不確実性の時代」と言われたこの時期、着実に成長。
昭和55年5月 事務処理にコンピュータを導入
〜まだまだ伝票処理はアナログであった業界の、先駆者的行動。
昭和55年12月 埼玉県北葛飾郡松伏町に松伏工場新設
昭和57年7月 チェーン店数100店舗となる
〜このとき創業より26年。約四半世紀を経て、100倍の成長を遂げた。
昭和59年9月 〜埼玉県越谷市に越谷工場を新設
〜続々と増えるチェーン店からの品に対応すべく、生産性をさらにアップ。
昭和60年3月 埼玉県草加市に草加工場を新設
〜この年の4月、現社長中畠信一入社。
昭和61年8月 集中情報管理システムを目的とした本部ビルが足立区保木間に完成
〜新世代の活躍とともに、喜久屋中枢も革新を進める。
昭和62年1月 チェーン店数200店舗となる
〜世はバブル経済のさなか。好景気に後押しされ、業務拡大。
昭和62年3月 工場規模拡大のため、越谷工場移転
平成2年2月 工場規模拡大のため、松伏工場移転
〜喜久屋初の巨大工場建設。一気に生産率アップ。
平成4年5月 株式会社喜久屋に改組・社名変更する
〜「喜久屋でよかった」の経営理念は、この年創造。
平成6年3月 東京都江東区に江東工場新設
〜バブル経済破綻の影響がクリーニング業界にも出始めていたが、さらなる一歩を進める。
平成6年8月 新設備導入のため越谷工場移転
平成7年8月 皮革事業部を新設
〜阪神大震災・地下鉄サリン事件と、痛ましい出来事の多かったこの年。新規事業立ち上げで、気勢を上げる。
平成7年11月 リフォーム事業部を新設
平成8年11月 チェーン店数300店舗となる
〜バブル崩壊後、企業の経営低迷が目立つ中の達成。
平成9年8月 ハイパー第1号店開設
〜大手企業倒産の相次ぐ中、着実に業績を積み重ねる。
平成10年10月 ハイパー店数50店舗となる
〜この年の6月、現社長・中畠信一代表取締役に就任。
平成11年3月 新設備導入のため草加工場新設
〜コンセプトは、「地球にやさしく、地域の方々や従業員には安心な環境を」。
平成12年1月 江東第2工場新設
平成12年6月 ハイパーお直し業務開始
〜「衣類のコンビニ化」という他に類を見ない発想による新サービス。お預かり翌日には、クリーニングして修繕済の衣類を納品。
平成12年10月 株式会社喜久屋HPオープン
〜ネット受付による「布団丸洗いサービス」を全国展開。
平成12年12月 ハイパー店数70店舗となる
平成13年3月 ベルクス中央店にてキーピングサービスを試験的に開始。
〜e-closetの前進サービス。店頭のみで受付。
平成14年2月 新設備導入のため松伏工場更新
〜この松伏工場で、e-closetのお預かり品を主にお取り扱い。
平成14年3月 修理本部新設
平成15年5月 e-closetプロジェクト始動
〜スタートよりわずか1ヶ月ほどで、いち早く日経新聞より取材。
平成15年9月 e-closetプレオープン
平成15年10月 e-closetグランドオープン
平成16年2月 23時まで集荷配達サービス「Moonlight Delivery23」スタート
平成16年8月 独自ブランド「K+.PLUS(ケープラス)」プロジェクト始動
平成17年6月 リザ−ブコース開始
平成18年5月 創業50周年
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